中村天風はパナソニック創業者の松下幸之助を初め、大谷翔平や京セラ創業者の稲盛和夫、歴史上の人物では東郷平八郎や元首相の原敬など、各界の頂点を極めた人々が揃って心服した不世出の大哲人だ。
華族に生まれた彼は、軍事探偵として幾度となく死線に立ち、自らが患った結核を治すために偶然の出会いからインドで修行を行うこととなった。そこで培ったヨガの知恵を日本で初めて伝承し、銀行の頭取や大日本製粉の重役等の一切の地位を投げ打って、大道説法に転じた、波瀾万丈の人生を生きた人物である。
本書『盛大な人生』は彼の成功哲学として『潜在意識の活用』を一貫して解いており、人生において大切な『信念』の醸成法が書かれている。一般に『信念を持て』、『信念が大切だ』などと言われるが信念とは何かを教えてくれる人は少ない。ましてや信念をどうすれば持てるのか、信念を獲得すると何が起きるのかを教えてくれる人などいない。
単刀直入に言おう。信念とは『実在意識と潜在意識がピッタリと合わさった状態』のことであり、明確なゴールを頭の中でイメージし続けることによって実在意識が潜在意識を変え、両者が一致することで信念が形成される。さらに信念を獲得することで、自分の心が周囲の心に同化力を及ぼせる状態となり、実現可能なことであれば、どんなことでも実際に実現できるようになる状態になれるのだ。ただしここで述べた『実現可能なこと』は動物的欲望を満たすものではなく、霊性生活を促進するものであると言うことを忘れないでほしい。人のためになることであれば、どんなことでも実現可能なものは実現すると言う意味合いだ。
本書の中で一つ『信念』を象徴する具体例が挿入されていたので紹介したい。最強の剣士と言われた宮本武蔵と殿様の会話だ。殿様が『お主は一度も負けたことがないな。敵が弱いのか』と武蔵に聞いたところ、武蔵は『今までの敵は皆とても強かったです。』と答えた。そこで殿様は『では、この戦いは負けるかもしれない、と思ったことはないのか』と聞いたところ、武蔵は『私は勝ち負けと言うものを考えたことがございません。殿様はご飯に毒を盛られているか否か、考えながらご飯を食べますか。』と答えた。この答えに殿様は悟るものがあったという。信念と言うのは勝ち負けや善悪などの相対論、二元論を超越したものであると同時に、実在意識と潜在意識がぴたりと合わさっているがために、迷いや不安など心を消極的にする負の想念が心に湧いてこない状態なのだ。
この信念の醸成法は近年注目を浴びている『コーチング』のゴール達成法に著しく似ている。コーチングとは企業やスポーツ選手など特定のゴールを持つ個人又は集団が、より目標を達成しやすくなるように、その思考プロセスをコーチと共に改善していくものだ。そのコーチングではゴールを設定して、そのゴールを徹底的にイメージすることで潜在意識をコントロールし、心に負の想念が起きないようにセルフコントロールすることで、ゴールを達成しやすくしている。ただしここで言う『ゴール』は現状の延長線上では決して達成することのできない目標をゴールといい、かなり抽象度が高い目標でなければ、ゴールになりにくい。つまり、ある会社の社員がその会社の社長になることは延長線上で、ありうる話なのでゴールにはならない。反対にA社のサラリーマンがB社の社長を目指し、それによって、日本産業を活性化させたいのであれば、現状の延長戦ではないし、少々抽象度が上がっているのでゴールになりうる。この時、抽象度が高い目標であれば、必ずと言っていいほど、他者のためになること、すなわち中村天風のいう『霊性生活』を満足させる要素が入っていると専門家は言う。
中村天風の書を愛読する人物の一人に大谷翔平がいる。彼は抜群の身体能力でMLBのMVPを勝ち取ったかのように報道されることがほとんどだ。しかし、私はそれらに加えて彼が霊性満足の生活をしていることが何よりも彼を偉大なプレイヤーにした要因であると考えている。『二刀流でメジャーで活躍したい』という誰もが笑った夢を一切疑わずに信じ続けることによって実在意識と潜在意識がピッタリと合わさり信念が形成され、『野球少年に夢を与えたい』という彼の純粋な思いが彼を霊性生活におくこととなった。その証拠として彼は食にも女にも興味のない、すなわち動物的生活には一切執着せず、霊性生活に入ることができている。そして信念を持った彼の心は同化力をもち、彼が打席に入った時の球場の雰囲気は格別なものとなっている。
歴史上の偉人を見て言えることは、誰しもが偉大なゴールを頭のキャンバスに鮮明に描き続け、信じ続けることによって、未熟な人物から偉大な人物になっていると言うことである。偉大な目標を掲げ続ける人物には、偉大になるための情報が必ず与えられる。反対に、自らだけの幸せに執着して生きるものには、それ相応の情報しか入ってこない。我々が今どこにいて、過去に何をしたのかではなく、どんな未来を思い描くかによって本当に未来が変わる、我々はそんな世界に生きている。どんな未来を思い描くかによって、現在が代わり過去への解釈も変わる。未来を変える力を持つのは現在の想念である。明確な偉大な目標を持ち続けることが何より大切だ。
日本はお互いの足を引っ張り合うことが多いように感じる。妬みや嫉みが多い。そんな世界を私は変えたい。失敗してもいいから挑戦した人を讃え、挑戦しやすい空気を作りたい。
『盛大な人生』は日本人の心を強く清く尊く正しくしてくれる書物です。
あなたの人生を変えてくれる名著であることを願って終わります